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絶対的な強さを誇る「メルセデスAMG F1」 メルセデスがモータースポーツにかける思い

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2010年にオールメルセデス体制となってから、ちょうど10年が経過したメルセデスAMG F1。2019年シーズも、圧倒的な強さを見せつけています。そのメルセデスとモータースポーツとの関わりは、130年におよぶブランドの歴史に迫る125年というもの。そんなメルセデスのF1にかける情熱に迫ります。

 

 

 

■モータースポーツへの挑戦


 

 

メルセデスとモータースポーツに関わりは、1894年にフランスのパリ〜ルーアン間で開催された世界で初めての自動車レースにまでさかのぼります。 このレースにトップでゴールしたのは蒸気自動車でしたが、運転手の他に機関手も必要だったため失格となり、2番手でゴールしたガソリンエンジン車が優勝となりました。

 

このガソリン車に、ドイツの技術者、ゴットリープ・ダイムラーの手によって作られたエンジンが搭載されていたのです。 この性能に目をつけたオーストリアの大富豪が、ダイムラー社に高性能レーシングカーの製作を依頼。メルセデス 35hpが登場します。

 

ゴットリープ・ダイムラーの片腕として自動車の発明に関わり、ダイムラー社の中心的な技術者となっていたウィルヘルム・マイバッハが設計したメルセデス 35hpは、圧倒的な速さを誇り、数々のレースで好成績をおさめ、メルセデスの名前を世に知らしめることになりました。

 

 

・世界恐慌によりモータースポーツ活動を休止

 

いっぽうカール・ベンツが設立したベンツ社は、1909年に高性能レーシングカーを世に送り出すものの、メーカーとしては実用車の品質を高めることに重きを置いていました。 しかし、第一次世界大戦が1914年に勃発。

 

ドイツは敗戦国となり、経済も破綻。そんな状況を打開するべく、ライバル関係にあったダイムラー・モトーレン社とベンツ&カンパニー社は、1926年に合併。再出発を図りますが、1929年の世界恐慌により、モータースポーツ活動を休止します。

 

 

・1934年にメルセデスW25が完成

 

一時、モータースポーツから離れていたダイムラー・ベンツでしたが、FIA(国際自動車連盟)の前身である国際自動車公認クラブ協会が定めた新しいレギュレーションに合わせて、メルセデスW25の開発に着手。1934年に完成しました。

 

新しいグランプリマシンのW25 は、初レースとなった国際アイフェルレースの前に行われた車検で規定重量をわずかにオーバーしていることが発覚。メルセデスチームは急遽、ドイツのナショナルカラーである白色のペイントを剥がし、アルミの地肌むき出しとすることでなんとか車検をクリアし、レースに挑みました。

 

その結果は、舞台となったニュルブルクリンクのコースレコードを更新して見事優勝。シルバーアロー伝説の始まりでした。

 

 

・第二次世界大戦により再びレースから離れる

 

メルセデスチームは圧倒的な強さでレース界を席巻し、1938年にはF1世界選手権の前身であるヨーロッパ選手権のタイトルも獲得。その地位を揺るぎないものにしていました。

 

しかし、第二次世界大戦が勃発。メルセデスは、生産施設の破壊と戦後補償を命じられることになり、ふたたびグランプリレースから遠ざかってしまいます。 現在のF1世界選手権につながるレースが開始されたのは1950年のことでした。

 

当時のメルセデスは、すぐにF1選手権に復帰することをせず、ミッレ・ミリアやタルガ・フローリオといったレースで地歩を固めていました。 メルセデスがF1選手権に復帰したのは、1954年のことで、満を持して投入された革新的なマシンW196を2人のドライバーに託し、ファン・マヌエル・ファンジオがその年のドライバーズチャンピオンを獲得しました。

 

翌年の1955年もファンジオがドライバーズチャンピオンを獲得するのですが、ル・マン24時間レースでの悲劇により、翌年からモータースポーツ活動を休止し、拡大する乗用車生産に注力します。 その後、メルセデスがF1界に復帰するのは、1994年まで待たなければなりません。

 

 

 

■F1参戦復活


 

 

1994年、1980年代にスポーツプロトタイプカーレースでタッグを組んでいたザウバー製マシンに、エンジン供給を廃止。F1選手権に復帰します。

 

翌1995年には、名門マクラーレンとパートナーシップを組み、1998年、1999年(ミカ・ハッキネン)、2008年(ルイス・ハミルトン)に、ワールドチャンピオンをもたらすなど、メルセデスエンジンが勝利に大きく貢献しました。

 

エンジンだけでなくシャーシも手がけるオールメルセデスのワークス体制となったのは2010年からで、2013年にはコンストラクターズ・ランキング2位を獲得します。 翌2014年にはF1のレギュレーションが改定が行われました。

 

特にエンジンは、2.4L V8NAエンジンから1.6L V6ターボにハイブリッド機構を組み合わせた、PU(パワーユニット)へと変更されることになりました。 複雑なパワーユニットへの対応に苦戦するライバルを尻目に、メルセデスは19戦中ポールポジション18回、優勝16回、ワンツーフィニッシュ11回と、圧倒的な速さを見せつけたのです。

 

その後、この勢いはとどまるところを知らず、コンストラクターズとドライバーズの両タイトルを、2018年まで5回連続で獲得しています。

 

 

 

F1 2019年とフォーミュラーE参戦へ


 

 

F1マシンはタイヤがむき出しの状態であるため、特に前輪が空気の流れを乱し、適切なダウンフォースを得るのを難しくさせています。そこでフロントタイヤが生み出す乱気流を抑えるため、フロントウイングに複雑な形状の整流板を設置し、その乱れた空気を車両側面へと導くよう設計されています。

 

この設計によって確かにマシンのダウンフォースは増えますが、マシンの側面へと追いやられた乱気流は後続するマシンに影響を与え、前走車になかなか近づくことができず、結果として追い抜きが困難になるという状況が生じてしまいます。ここ数年のF1ではこの整流板があまりにも複雑な形状になり、後続車両への影響がしばしば問題視されていたようです。

 

そこで2019年のレギュレーションでは、この問題を解消するべく、フロントウィングの形状に大幅な変更が加えられました。簡単に言うと複雑な形状の整流板が禁止されてシンプルなものになり、必要なダウンフォースを確保できるよう、幅と高さを増加させるというものです。

 

フロントウィングの形状はマシン開発にとって大きなポイントとなりますから、このレギュレーション変更はかなり大きな変更と言っても良いでしょう。 2014年のパワーユニットに関する大規模な改訂にうまく対応したメルセデスは、2019シーズンのレギュレーション変更にも素早く対処したため、その強さは衰えていません。

 

このまま順調にポイントを重ねれば、1999年からフェラーリが記録したコンストラクターズ6連覇の記録と並ぶことになります。 F1へのワークス参戦復帰から10年の節目となる2019年も圧倒的な強さを見せるメルセデスAMG F1。

 

そのいっぽうで2019年末に開催されるフォーミュラe(電気自動車によるフォーミュラカー・レース)の第6シーズンにワークス参戦することも決定。これまで世界のトップレースで数々の伝説を作り上げてきたメルセデスの挑戦は、新たなステージへと上ることになります。

 

 

さまざまな困難を乗り越え、高い技術力と熱いレーシングスピリットで、いくつものタイトルを獲得してきたメルセデスの挑戦は、まだまだ続きそう。

 

これからもシルバーアローの活躍から、目が離せそうにありません。