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隠れた名メーカーLANCIA その強烈な個性をデルタをもとにご紹介

イタリアの自動車メーカーといえばフェラーリやアルファロメオが有名ですが、かつてWRCのラリーシーンで大活躍したマシンを数多く手がけてきた知る人ぞ知るイタリアの自動車メーカーが存在しているのをご存じでしょうか。

 

今回はそんな隠れた名メーカーとして知られるランチアについて、同メーカーの代表的なモデルであるデルタとともにご紹介していきましょう。

 

 

■ランチアとアバルトの関係


 

 

20世紀初頭にイタリア・トリノで産声を上げたランチア。

 

設立者であるヴィンチェンツォ・ランチアはレーシングドライバーとして活躍した後、1906年に自らの手で自動車メーカーを立ち上げました。

 

1922年に発表したラムダというモデルで世界的に知られるようになり、その後開発されたアプリリアというモデルはラリーシーンにおいて活躍を遂げています。

 

戦後には世界初のV6エンジンを搭載しトランスアクスル方式を採用したアウレリアが誕生。

 

のちのグランツーリスモにも大きな影響を与えます。

 

しかし会社の経営は決して芳しいものではなく、1955年に会社は倒産。

 

その後、紆余曲折を経てフィアットグループの傘下におさまることとなりました。

 

フィアットグループにおさまったことで再び息を吹き返したランチアは、フィアット社製エンジンを搭載したベータを生み出し、さらに1979年にはデルタを生み出します。

 

一方モータースポーツシーンでも活躍を見せ、ストラトスやラリー037、デルタS4、デルタHFといった名車を次々と輩出し、当時のラリーシーンを席巻します。

 

これらのレース車両の開発を陰で支えていたのがアバルトでした。

 

アバルトはひとつの独立したチューナーブランドだったものの、1970年代にフィアットに買収され同グループの傘下となります。

 

グループ内ではモータースポーツ部門を担当していたアバルトは、やがて新しくモータースポーツ部門を任されたランチアと共同でレース車両の開発を行なうようになりました。

 

特に1980年代初頭のグループB設立によるホモロゲーション獲得のために037ラリーとデルタS4を担当。

 

さらにグループBの消滅によりグループAへと移行した後は、デルタHFの開発にも携わるようになりました。

 

このように同じフィアットグループの中でモータースポーツ部門を担当した2つのメーカーがタッグを組み、1980年代にWRCで大活躍を遂げた名車たちを次々と生み出したのです。

 

 

■ランチア デルタHFインテグラーレについて


 

 

フィアット傘下のランチアが1979年に発表した5ドアハッチバックのデルタ。

 

スタイリングはVWゴルフを手がけたジウジアーロが担当し、コンパクトながらも高級感のあるハッチバックとして1980年にはランチアブランドでは初となるヨーロッパカーオブザイヤーを授賞しています。

 

このファミリーカーである市販車両のデルタをベースに、1987年のグループA参加にともなうホモロゲーション獲得のために開発されたのがデルタHFインテグラーレでした。

 

S4と同じくアバルトが主導となり、レースに勝つためのすべての要素を盛り込んだこの戦闘マシンは、前後のフェンダーが大きく張り出すとともに足まわりも一新。

 

さらにトルセンセンターデフを搭載して2WDから4WDへと変更され、直4エンジンも大幅な強化が図られています。

 

また1989年にはエンジンを16バルブ化したデルタHFインテグラーレ16vも登場。

 

その後も改良を重ね、1987年から1992年までの6年間、WRCにおいて連戦連勝を成し遂げることとなったのです。

 

なおモデル名につくHFとは「High Fidelity=Hi-Fi」の略称となっています。

 

 

■デルタS4について


 

 

市販車であるデルタをベースにしたWRCマシンの中に、デルタHFインテグラーレとともに知られているのがデルタS4です。

 

このマシンは1985年にグループB参戦のためにアバルトが開発したホモロゲーションモデルで、外見こそデルタの面影を残すものの中身はまったく異なるものとなっています。

 

フィアット社製の1.8L直4エンジンは「アバルト233ART18S」と命名され、KKK製ターボとアバルト製のスーパーチャージャーを備えたツインチャージャーを採用。

 

さらにエンジンレイアウトはリヤミドシップに縦置きで搭載しています。

 

また駆動方式もセンターデフにビスカスカップリングを採用した4WDシステムへと変更され、シャシー自体も専用設計とするなど、あらゆる点においてWRCで勝つことを前提に製作されていました。

 

グループB初期に大活躍したラリー037の後継マシンとして1985年のWRC最終戦に投入されると、たちまち1,2フィニッシュを飾るという快挙を成し遂げ、翌1986年の開幕戦でも優勝。

 

以降も上位入賞を繰り返し、その強さを誇示します。

 

しかし、レース中に不幸な事故を起こし、その結果としてグループBそのものが消滅という事態に陥るなかで、S4もその姿も消すこととなりました。

 

1980年代のグループBおよびグループAで活躍を遂げ、ホモロゲーションモデルでも多くの魅力的な市販モデルを生み出してきたランチア。

 

現在は親会社であるフィアットがクライスラーと統合しFCA(フィアットクライスラーオートモビルズ)になる中で、ブランドこそ存続しているもののイタリア以外ではクライスラーブランドとして車両が販売されていることもあり、日本で見かけることは少なくなりました。

 

それでもランチアは知る人ぞ知る自動車ブランドとしての確固たる地位を築き上げており、旧型車から新車まで今なお多くのファンから愛され続けています。

 

 

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